指すのを見ると、それはこの間溝にうちこまれたあと、また立て直されている託児所の標識であった。
「何って――わかりきってるじゃないか」
タミノが出て云った。
「もう一年もあすこに立ってるんだもの」
「立てていいって誰か云ったのか?」
いかにも煩《うる》さそうに、タミノが、
「だって、立ってるんだもの。ここがこうやってあるんだから――」
と云いかけると、その男はおっかぶせて、
「そりゃ分らんよ」
といやに意味深長に云った。
「こっちで、ない[#「ない」に傍点]、と見りゃ、在りゃしないじゃないか。日本プロレタリア文化連盟だって、当人たちはある[#「ある」に傍点]つもりらしいが、我々の方じゃ、あらせ[#「あらせ」に傍点]ちゃいないんだ」
タミノは、その男が去ると、地べたへ唾を吐きつけて云った。
「チェッ! すかんたらしい!」
その次の日の午後二時頃、ひろ子が二階でニュースの下書きをしていると、誰かが一段、一段と重そうに階子をのぼって来る跫音がした。きき馴れない足どりであった。ペンを持ったまま振り向くと、そこには鍾馗タビの稲葉のおかみさんが、風呂敷包みを下げたなり上って来ている。包みから
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