晩、床に入って電燈を消してから、ひろ子は、さり気ない穏やかな調子でタミノに云った。
「ねえ、あなたの将来のあるいいところや積極性を、個人的なあいまいなゆきがかりで下らなくつかってしまわないようにしなさいね」
「…………」
「おせっかいみたいでわるいけど、私たちは仕事をやってみて、その実際でひとを見わけるしかないんだもの……ねえ。そうでしょう? 臼井さんとあなたはまだ仕事らしい仕事をやって見ていないんだもの――気心のしれない気がする……」
タミノが寝床の中で身じろぎをする気配がした。よっぽどして、タミノは素直な調子で、
「――そう云いやそうだねえ」
ゆっくりそう云って、溜息をつくのがひろ子に聞えた。
六
朝っぱらから所轄の特高が託児所へ来た。何ということなしその辺をうろつき、
「豊野が来るだろう」
と、土間にある履物を穿鑿《せんさく》的に見た。豊野などという名前を、ひろ子たちは知らなかった。
「何、しらん? うそつけ、ちゃんと連絡に出ているところを見た者があるんだ」
それは明らかに云いがかりで、そのまま帰りかけたが、
「おい、ありゃ、何だ!」
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