ほころばせ、様子をうかがっていると、重吉は、突嗟にひろ子の云った言葉の意味がわからなかったらしく、唐紙のむこうで、居ずまいを直す気勢であったが、程なく、
「――なアんだ!」
 笑い出した。
「そんな柄でもないだろう」
 じきにまた、キュキュ音がしはじめた。――
 ひろ子には、タミノがこれから経てゆくであろう一つの階級的な立場をもった女としての一生が、自分の経験するよろこび、苦しみの一つ一つと、情熱的に結び合わされたものとして感じられるのであった。
 重吉が検挙されてひろ子も別の警察にとめられていた時のことであった。ひろ子は二階の特高室の窓から雀の母親が警察の構内に生えている檜葉《ひば》の梢に巣をかけているのを見つけた。
 ひろ子は覚えず、
「マア、可哀想に! こんなところに巣なんかかけて」
と云った。するとそこにいあわせた髭の濃い男が、
「なに可哀想なもんか! 安全に保護されることを知ってるんだよ」
 そう云って、ジロジロひろ子を上へ下へ見ていたが、
「君なんぞも子供を一人生みゃいいんだ。さぞ可愛がるだろうな、目に見えるようだ」
 ひろ子は、その男の正面に視線を据えて、
「深川をかえし
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