がらハトロン封筒へ宛名を書きはじめた。
夜が更けて、風が当ると庇《ひさし》のトタンがガワガワ鳴った。その木枯しが落ちると、道の凍《い》てるのがわかるような四辺の静けさである。タミノが万年筆の先を妙に曲げて持って字を書いている。減ったペンと滑っこい紙の面とが軋《きし》みあって、キュ、キュと音をたてている。
そのキュ、キュいう音を聴きながら自分も仕事をつづけているうちに、ひろ子の心は一つの情景に誘われた。六畳、四畳半、そういう家には遠山に松の絵を描いたやすものの唐紙がたっている。そのこっちのチャブ台で、ひろ子が、物を書いていた。もう暁方に近かった。ひろ子がくたびれて、考えもまとまらずにあぐねていると、その唐紙のあっちから、丁度今きこえているようなキュキュというペンの音がした。唐紙のこっちからでも、書かれてゆく字のむらのない速力や、渋滞せず流れつづける考えの精力的な勢やを感じさせずに置かない音であった。ひろ子は、自分の手をとめたなり、心たのしくその音に耳を傾けていた。それから、唐紙ごしに、
「ちょっと」
重吉に声をかけた。
「――何だい?」
「……デモらないで下さいね」
ひとり口元を
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