うに思った。
「こんどのところは――職場じゃないの?」
「…………」
 ひろ子は、若い、正直なタミノに向って、こみ入った自分の愛情が迸《ほとばし》るのを感じた。タミノは、おそらく臼井に何か云われて、彼女には職場での活動よりもっと積極的なねうちを持っているように考えられる或る役割を引きうける気になっているのではないだろうか。ひろ子としては、若い女の活動家が多くの場合便宜的に引きこまれる家政婦や秘書という役割については久しい前からいろいろの疑問を抱いているのであった。ひろ子は、なお下唇を捩るような手つきをして考えていたが、ゆっくりと云った。
「あっちじゃ、女の同志をハウスキーパアだの秘書だのという名目で同棲させて、性的交渉まで持ったりするようなのはよくないとされているらしいわね。――何かで読んだんだけれど」
 ひろ子たちの仲間で「あっち」というときは、いつもソヴェト同盟という意味なのであった。
「ふーん」
 今度はタミノが顔をあげた。眉根をキと持上げるような眼でひろ子を見て、何か云いかけたが、そのまま黙って針を動かしつづけた。
 やがて、靴下つくろいを終って、タミノは、維持員名簿をめくりな
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