ると思うんだが――」
「なーんだ、そんなことがあるんなら早くそう云ってくれればいいのに! そこへ行こう、ね、いいんでしょう?」
「今夜あたりは、大抵いいだろうと思うんだが……」
正直で単純なタミノに向う臼井のそういう話しぶりや、ひろ子がこの間二階から何心なく降りて来て目にした臼井の凄《すご》んだような態度などには何かわざとらしいものが流れているのであった。臼井と二人で出かけて行って、タミノは謄写版刷りの仕事もちゃんとして来たが、その四五日あとになって、ふと何かのはずみで云った。
「ポートラップって、私、洋酒だとばっかり思ってたら――ちがうんだね」
或る晩のことであった。タミノが電燈を低く下げて靴下の穴つくろいをしながら、
「私、いまにここかわるようになるかもしれない」
独言のように云った。それは風のひどい晩で、ひろ子も同じ電燈の下へ机を出して会計簿を調べていた。顔もあげず数字をかきつづけながら、ひろ子はごく自然な気持で、
「ふーん」
とタミノの言葉をうけた。
「どこか、うまいところがありそうなの?」
タミノは三月ばかり前、山電気を組合関係で馘首になるまで、ずっと工場生活をして
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