えた。消化不良の便が出ていた。母乳のほかに山羊の乳をのませろと医者に言われて、お花さんは自分の稼ぎのつづく日にはそれを飲まし、ここへあずけて「よいとまけ」に出ているのであった。
 タア坊のおしめを代えてやっていると、窓の下で、
「いいかい、ここ、あたい達のコーバ!」
 甲高い、勝気そうな袖子の声がした。ひろ子がちい坊の寝台を二階の手すり間ぢかまで引っぱり出して日光浴をさせながら見下していると、入口の前の空地の隅に、こわれたブランコがある、その切れた繩の先を握って袖子が何かを手繰《たぐ》るような手つきでそれをふっている。二郎が、茶の毛糸と青毛糸とをいかにも間に合わせに継いで寸法をのばしたジャケツを着、ゴム長をふんばって、わきからそれを眺めている。
 やや暫く二郎はそうやって眺め、袖子は、目をつっつきそうに伸びすぎて剽悍《ひょうかん》に見える黒いオカッパの下から、時々真面目くさった視線で二郎の方を見ながら、運動をつづけているのであったが、やがて二郎が、ぶっきら棒に、
「ヤーイ、名なしの工場なんて、ないや」
と云った。袖子は睨むように二郎を見た。そして思案していたが、やがて動かしている手はと
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