「話が尤もでことわり切れまい、か。ふーん。それで、何かね、もうそれっきり本当に子供はよこさないんだろうか」
「ええ。今のところ来ないんです」
 蛇窪でも、沢崎キンが警察へつれてゆかれてから、二人、三人、子供をよこさなくなった親たちがあった。一人は井上製鞣へ出ていた。そのおかみさんの云い分はこうであった。
「そりゃこんな暮しをしていたって、つき合いってものはありますからね、たまにゃちょいとしたうちへだって行かなけりゃなんないやね。そんな時、行坊をつれてくってと、お前さん、人前ってものもあるのにあの子ったら大きな声して『おっかちゃん、ここんちブルジョアだね、だからてきだね』って、こう来るんだからね。あたしゃまったく、赤面しちゃうのさ」
 そんな話のあったのも近頃のことではなかった。ここが、あっちこっちにあった無産者託児所として、統一された活動に入ったばかりの頃、現れた偏向なのであった。
 赤坊のぐずつく声をききつけてひろ子が二階へあがって行った。
 お花さんのちい坊が、十ヵ月近くたつのに一向発育のよくない小さい顔をしかめて、寝苦しそうに半泣きの声をしぼって頭をふっている。ひろ子はおしめを代
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