はやっと二三分重吉と話すことが出来た。
ひろ子は、痛い程柵の横木へ自分の胸を押しつけ、重吉の体の工合をきき、中風で寝たっきりの重吉の父の様子を話すと、いつも註文の本が入らないで本当にすみませんと云った。託児所の逼迫《ひっぱく》した自主的やりくりの生活の中で、ひろ子は本を借りに歩く交通費さえないことがあった。少し金があるときは時間の余裕がなく、両方そろった時をのがさず、重吉の最低限の必要のまた何分の一かを満たす差入れをするのであった。いやがらずに本を貸してくれる人は概してひろ子の欲しい種類の本を持っていなかった。持っていそうな人々は、本を人に貸すことを一般的にきらった。そういうところに重吉が察しる以上の不便があるのであった。
重吉は、突然面会につれ出され、立ったまんまで宙で、一時にいろいろ思い出さなければならないので、工合わるげに眉を動かしたり、足を踏みかえたりしながら本の名をあげ、
「しかし、ひろ子の都合もあるだろうから、あんまり無理はしないでいいよ。よしんば本の読めない時があっても我々はいろいろ有益なことを考えているしね」
と云った。
これは、特に告げるのだがという心持をこめて
前へ
次へ
全59ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング