ひろ子は新しく目を瞠《みは》った。大東京の東から西へ貫いて、ひろ子は揺すぶられて行っているのだが、同じ電車が山の手に近づくにつれて、乗り降りする男女の姿態は、煤煙の毒で青い樹さえ生えない城東の住民とはちがう柔軟さ、手ぎれいさ、なめらかさで包まれているのであった。
 ひろ子は、新宿一丁目で電車を降りた。そして、差入屋の縦看板の並んだ、狭苦しい通りに出た。行手の正面に、異様に空が広く見える刑務所の正門があった。門のそとに、コンクリート塀の高さと蜒々《えんえん》たる長さとを際立たせて、田舎の小駅にでもありそうなベンチがある。そのベンチの上のさしかけ屋根は、下から突風で吹き上げられでもしたように、高く反りかえっている。雨も風もふせぐ役には立たなかった。
 ひろ子はこの道を来て、森として単調な長い長いコンクリート塀の直線と、市中のどこよりもその碧さが濃いように感じられる青空を見上げるにつけ、胸を緊《し》めつけられるようにその不自然な静寂を感じるのであった。
 砂利を鳴らしてひろ子は入って行った。人の跫音のよく響くようにというためであろう。どこにも、かしこにも砂利がしいてあった。
 内庭に面して別
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