者。――
 ひろ子は、あたりの雰囲気の裡《うち》に複雑なものを感じた。会合に馴れ切った、一通りのことでは驚きもせぬと云いたげなその室内の空気の底に、実は方向のきまっていない或る動揺、口に出して云い切るまでにはなっていない予期というようなものが流れているのが感じられる。それは、椅子に跨って貧乏ゆすりしている三十がらみの従業員の落付かなく人の出入りに注がれる眼くばりの中にも認めることが出来るのであった。
 やがて、正面の小机のところへ、喉に湿布を捲きつけた一人の背の高い従業員が来た。その男は立ったなり自分の腕時計を見、ネジをまき、さっきからその机へ頬杖をついてぼんやりあぐらをかいていた中年の従業員と何か話した。
「じゃあ、始めますからア」
 椅子に跨っていた一人の方は下りて畳へあぐらをくみ、一人はそのままいた。
「お、しめなよ、寒いや」
 窓際のが外套の襟を立てた。
「じゃあこれから第五組組会を開きます」
 じじむさく喉に湿布を捲いたのが組長であるらしく、司会をした。
「一昨二十六日午後、川野委員長対大石、佐藤との会見においては、百二十七名に対する不当なる馘首に対する我々の側からの強硬なる
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