自身先に立ち二階へ登って行った。
 大小三間がぶっこぬかれていた。正面の長押《なげし》から墨黒々とビラが下っている。「百三十名馘首絶対反対!」「バス乗換券発行反対! 応援車掌要求」強制調停後のと並んで「百二十一万三千二百七十円、人件費削減絶対反対!」というのも下っている。
 すっかり開け放された左手の腰高窓から朝日がさし込んでいた。まだ暖みの少い早朝の澄んだ光線を背中にうけてその窓框に数人押し並び、その中の一人が靴下の中で頻《しき》りに拇指《おやゆび》を動かしながら何か説明している。ひろ子の坐ったところから其等の人々の姿は逆光線で、黒っぽく見えるうしろに、広く雲のない空が拡がり、隣のスレート屋根の上で、四つずつ二列に並んだ通風筒の頭が、同じ方向に、同じ速さで、クルクル、クルクル廻っているのが見える。
 隅っこに、どういう訳か二脚だけある椅子へこっち向に跨《またが》り、粗末な曲木《まげき》のよりかかりに両腕をもたせて一人は顎をのせ、一人は片膝でひどく貧乏ゆすりをしている。畳の上では立てた両方の膝を抱えこんだ上に突伏しているもの。あぐらをかいた両股の間へさし交しに手を入れ体をゆすぶっている
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