土間に立っているひろ子を見た。
「――オーイ、支部長いるかア」
 声だけ階段口に向って張り上げた。
「おウ」
「用のひとだ」
 踵に重みをかけド、ド、ドと響を立てて誰かが降りて来かけた。折から、ゆっくり登って行った三四人と窮屈そうに中段で身を躱《かわ》し、のこりの三四段をまたド、ド、ドと小肥りの、髪をポマードで分けた外套なしの詰襟が現われた。
「やア」
 如才ない物ごしで声をかけてひろ子に近づいた。ひろ子は、大谷にきいて来たと云った。
「やア、それはどうも御苦労さんです、上って下さい」
 ひろ子が靴をぬいでいる間、山岸はそのうしろに立って両手をズボンのポケットに突っこんだまま、
「大谷君、今日は見えんですか」
と云った。
「私ひとりなんですけれど……」
「いや、却って御婦人の方が効果的でいいです。ハッハッハ」
 階子口に行きかかると、山岸が何気なく、
「じゃア……」
 片手で顎を撫で、通路からはずれて立ち止った。
「どういう順序にしますかな」
 ひろ子は講演にでも出る前のような妙な気持がした。
「御都合で、私は別にどうって――」
「じゃ――一つ先へやって貰いますか」
 早口に云って山岸
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