五十銭
一、十九 運動会費 三十銭
一、二十三 作文葉書 二銭
一、二十五 改明墨墨つぼ 十銭
[#ここで表組み終わり]
二月一日(日曜)晴 寒
人間は思い出を作る時は、どんなにいいにしろ悪いにしろやがてはそれをくり返さなければならない時の来るのを思わない。
この頃の人間の大方は生の誘惑の方が死の誘惑にまさってはげしいと思われる。死の誘惑はどんづまりまでの道はさまざまでもそのつきあたりは一つだけれ共生の誘惑はどんづまりに近くなればなるほど複雑に意味深くなって行く。
二月二日(月曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席 古橋氏
[#ここで字下げ終わり]
この世の中の思想家のうちで純に自分の心から生れた思想をもって居る人が幾人あるだろう。
ワイルドではないけれ共私は近頃悲哀のたぐいなく微妙な働きをもって居る事を感じる。この頃の心持は「獄中記」をしみじみと味う事をさせる。
或る点に於て私は一致する感じをもって居る事を不思議に思う。
二月三日(火曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
意外に起った事によって人間の心はおどろくほどいろいろな事を練習させられる。
人間の一生に限りがあると云う言葉によってその一生の間を力強く暮そうと思う人と同じ位に太く短くどんなにでもなるがままにやってやる、と思う人がある。
二月四日(水曜)晴 暖
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〔摘要〕学校出席、御両親モッス宴会出席、歴史試験
[#ここで字下げ終わり]
悲哀と云うものが創造力の全体をきずつけるものでない事を最も幸福な時代に居たワイルドは知らなくってその悲哀を一つ一つしみじみと味う時になってその事を知ったと云うのはたしかに意味のある事である。その事を私の心に感受するほどの悲哀を私はまだ一度もうけた事はない。
私は若い処女のその滑かな肌と優しげな髪をさわっては見ようけれ共その心《しん》にある骸骨や内臓にさわる事は出来ない気持がなんにでもついてまわる。
二月五日(木曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
二月六日(金曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
学校に出がけに粉雪がチラチラ気まぐれにふり出した。
白い毛の様な雪のふる中を、体をはすにして歩く事は何となくそそのかされる様な気がした。午前中だけで家にかえった。何にかつかれた様に私は一つ事ばっかり考えて居た。
二月七日(土曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席、中條清教生交退[#「退」に「(ママ)」の注記]、風強い
当番
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二月十日(火曜)晴 寒
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〔摘要〕義男[#中條義男、中條家四男]三年祭
[#ここで字下げ終わり]
二月十一日(水曜)晴、寒
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〔摘要〕式出席、古橋氏来訪
[#ここで字下げ終わり]
特別に不愉快だったと云うにすぎない。
何となく世の中のがさついて居るのも私にはどうしていいかと思うほど強い不愉快な刺撃[#「撃」に「(ママ)」の注記]をあたえる。この頃は私は自分で変に思うほどいろいろな事が考えさせられる。考える事は私に取ってまことにたのしいものだけれ共悪に種を得てどうでも斯うでも考えなければならないとなると私はしずんだ重い気持になる。
まるで雪の様に散って私の心にうかんで来るいろいろの思いは私の一つ一つがんみしてよろこぶだけのねうちがある。
○二月十二日(木曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席、大当番
電車の中にて古橋氏に会う。
[#ここで字下げ終わり]
消えのこってかたすみに泥まみれになってかじかんで居る雪のかたまりはたとえるものもないほどみっともないものである。
「千世子」を書き始めた。
何事によらずやむを得ず習練させられて巧になったと云うものはまことにそれ自身にとってはかなしいひやっこい気持がするものである。
私は練習されないありのままの感情を貴ぶと共に、一寸でも自分の心に練習された感情の生れて居るのを見出した時はたまらなくかなしくなる。この頃の時代は私にとってある一種ことなった殊に記憶すべき日常である。悪い意味でなく。――
○二月十三日(金曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席、日誌当番
燈台守の娘の話を翻訳
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○希望は心の生命であると云う事はだれでもが云うけれ共私はこの頃特別にそう思う。悲しい中にも自分の心の希望が輝いた時にはまことにうれしいものだ。
○今までになく私は確定した考えをこの頃は少し持って居る。それを私はよろこばなければいけない。
○よろこびの根強く生えて悲しみはいずこの隅に身をばひそめし
○かなし味のかげにうち笑むうれしさは
真珠のごとく貴くもあるかな
[#ここで字下げ終わり]
二月十四日(土曜)晴 寒
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〔摘要〕学校出席 大沢氏
[#ここで字下げ終わり]
二月十五日(日曜)晴
Ancient Greek Sculptors 訳し始める。勿論一年仕事であるけれ共その結果を思えば努力しがいが有る。
二月十六日(月曜)
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〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
久米正雄氏から『新思潮』を送って呉れる。
二月十九日(木曜)
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〔摘要〕学校出席
[#ここで字下げ終わり]
『太古美術の瞥見』を訳終(第一)
二月二十二日(日曜)
第二、ギリシア寺院、及び男女神訳終。
二月二十三日(月曜)
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〔摘要〕学校欠席
[#ここで字下げ終わり]
二月二十四日(火曜)
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〔摘要〕学校欠席
[#ここで字下げ終わり]
二月二十五日(水曜)
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〔摘要〕学校出席、
美音会、母上、岡田信一郎に会う、
[#ここで字下げ終わり]
久し振に美音会に行く。新内は上手下手が分らず。琴は又同じ。大薩の五條橋はばちのさえをおどろき呂昇は身振のひどくなったのと声のすまないのでああ云う程の芸人の末路は暗いものに思われた。竹田人形は一番私の心にかなった。極ク単純なそして又ごくクラシックなおもかげをもって居る。着衣の立派でないのも色のあせた赤げっともふさわしいものだった。
岡田さんに会って食堂でお茶をのむ。頭にきざみこまれる様な様子の人は男でも女でも只一人も居なかった。
二月二十六日(木曜)晴 寒
二月二十七日(金曜)
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〔摘要〕学校出席、音楽試験
[#ここで字下げ終わり]
二月二十八日(土曜)晴 寒
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〔摘要〕同級会、小さくてかわいい花束をもらう 古橋氏
[#ここで字下げ終わり]
竹島先生の話の中で、
生をあたえた神が又死をあたえると云うのは神の大なる矛盾だと思う、
慾望の変遷は尊いなくてはならないものだ。
なんかと云う事があった。
竹島先生は意味なく只死をおそれて居るらしい口振である。一言きけばいまわしい死の事もしずまったおだやかな気持で学問らしく考えれば面白い。そんなに悲歎する様なものではない事を私はしって居る。
三月一日(日曜)晴 暖
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〔摘要〕母上小金井
[#ここで字下げ終わり]
珍らしい人達は母様の留守をねらっての様に沢山来た。そうして私のし様《よう》とした事はその人達によってぶちこわされてしまった。一日中いらいらしたそうしてかなしい気持でばっかりくらしてしまった。思い出と名づけていいものは私をひしひしととりかこんで来て居た。今私のして居る仕事が八月末には出来上る事なんかも考えた。わけもなくいろんな事が思われた。
収穫漸減
三月三日(火曜)
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〔摘要〕木曜作法試験
[#ここで字下げ終わり]
三月四日(水曜)
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〔摘要〕金曜文法
[#ここで字下げ終わり]
三月十五日(日曜)
国男京華入学試験同じ日だのにお茶の水でもあった。
三月十六日(月曜)晴、寒
あきあきするほどの長雨が漸《ようや》くはれて霜が降って居た。
三月二十五日(水曜)
お敬ちゃんが来る。新お召の矢がすりの羽着[#「羽着」に「(ママ)」の注記]に銘仙のあさぎっぽい着物を着て来た。
『演芸画報』をかし孔雀の刺とりの額をやる。
三月二十七日(金曜)不定 寒
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〔摘要〕京北試験国男四番にて及第、大正博行
[#ここで字下げ終わり]
グースベリーの熟れる頃を書く。
三月二十八日(土曜)
小さい論説
繊細な美の観賞と云う事について
三月三十日(月曜)
Wordsworth の to the を訳す。
三月三十一日(火曜)
脚本「胚胎」を脱稿。
「千世子」改題「テッポー虫」を書こうとも思って居る。
四月三日(金曜)
安積へ出発した。必[#「必」に「(ママ)」の注記]して嬉しい旅ではなかった。郡山のステーションから吹雪に皮膚を荒されるのをこらえて淋しい一本道を車にゆられて行った時私は逃亡者の様なわびしいひやっこい気持になった。
東京の暖ったかさと軽い気持をつくづくしたわしく思った。
四月六日(月曜)
ただ一本闇の中に淡く光って横わる里道から響くカチューシャの歌をきいた。
歌う人はこんな町ではだれだかすぐわかった。
東京の町なら私はただききすてにしただろう。
けれ共こうした山の中の様な村の家に来て居てたえず都の事を思って居た私の耳には常にもました感じをもって響いた。
雨戸をあけて遠のく足音につれてやがて余韻ばかりになるしずかな旋律の歌に耳をかたむけた。
四月七日(火曜)
東京に帰る。
四日ほどの旅の中に得た事を書き集めて、「旅へ出て」と名をつける。
四月八日(水曜)
学校がはじまる。
四月十五日(水曜)
私のスケッチをしたいと云う話が持ち上って居る。
まだ一度も会った事もなし又お敬ちゃんなんかの紹介でノコノコそんな所へ出かけて行く私でもない。
「人間なんてものは会わないで顔を想像してる時に大抵の時あばたっ面は思いませんからねえ。会って見たい人には会うもんじゃあありませんよ。きっとがっかりしますからねえ」
こんな事を私は云った。
四月二十日(月曜)
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〔摘要〕欠席
[#ここで字下げ終わり]
四月二十一日(火曜)
[#ここから20字下げ、折り返して24字下げ]
〔摘要〕欠席
[#ここで字下げ終わり]
四月二十二日(水曜)
[#ここから20字下げ、折り返して24字下げ]
〔摘要〕同
[#ここで字下げ終わり]
四月二十三日(木曜)
[#ここから20字下げ、折り返して24字下げ]
〔摘要〕同
[#ここで字下げ終わり]
四月二十四日(金曜)
[#ここから20字下げ、折り返して24字下げ]
〔摘要〕同
[#ここで字下げ終わり]
四月二十五日(土曜)
[#ここから20字下げ、折り返して24字下げ]
〔摘要〕出席
[#こ
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