前に広重の絵のような駅の様子や馬方の大福をかじって戻る茶店なんかがひろがって行く。さしあたって行くところもないんだしするから、女の身でやたらに行きたがったってしようがないって云うことは知って居る。けれども、あの草いきれのする草原の中をサヤサヤと云わせながら歩く時の気持や、田舎家によって冷い水をもらう時のうれしさなんかを思うとすぐとんで行きたいようにまでなる。
なまじ一度、そんなのんきな、さっぱりした男のような旅をした私はその味をしめてなかなか思いきれない。
私はいきなり母の前に坐って
「母様、どこか旅させて下さいまし」
まのぬけたような調子で云った。
「またはじまった」
と笑ってとりあってくれない。自分も一緒に笑いながら口のはたが変な工合に引きつれるような気がして私はなき笑をして居た。
落つかないフラフラした糸のきれたフーセンみたいな気持は御ひる前いっぱいつづいた。私は机にすわっていろんな人の紀行文や名所話なんかをよんで自分が出かけたような気持になって居た。
御ひるはんの時、「男だったら、どこへだって出られるんだけれども」とこんな事をかんがえながら、夢中でラッキョーの上にのっ
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