て居たまっかいとうがらしを思いきりよく頬ばってしまった。口の中と目玉はひっくりかえりそうになってくしゃみが出はじめた。
「下らない事をかんがえ込んで居るからさ」
母はニヤニヤしながら、私のちんころがくしゃみしたようなかおを見て居る。この唐がらしは随分見っともいいかおになったけれども私の頭をはっきりとさして呉れた。もし御ひるにこれがなかったら、私は一日中旅に出たい、と云う病気にとりつかれて居たかも知れない。
御ひるっからは私の頭が大変しずかになったんで、徳川時代を書く事と「聖書」、「歴史攻究法」、「世界文学史」を読む事は落ついてする事が出来た。もうすっかり旅に出たいなんて云う事は忘れたようになってしまった。
成井先生のところから暑中の御見舞を下さった。早速御返事を出して置く。まだ手紙を出さなくっちゃあならないところが沢山あるんだのにと思ったけれども気が向かないからやめた。
古い『新古文林』に出て居る本居宣長先生の「尾花が本」と楽翁コーの「関の秋風」をうつして置く。夜は父から希臘の美術の話をきいた。それから法隆寺模様の特長と桃山時代の美術の特長とを文様集成を見て知った。
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