持ち、心も優しい姉が、埋もれきった生活をしているのを見るのは、浩にとって辛かった。情ない心持がした。が、或る尊さも感じていた。体の隅から隅まで、憫《いじ》らしさで一杯になっているように見える彼女の、たださえよくはなかった健康状態が、このごろはかなり悪い。どうしても只ごとでないらしいのは、彼女を知る者すべてにとって、憂うべきことである。病気になられるには全く貧乏すぎる。
姉さんにも、自分等にとっても辛すぎる。可哀そうすぎる……。
浩は「案じられ申候」という字を見詰めながら心の中につぶやいたのである。
何物かに引きずられるように、思いつづけていた彼の心は、突然起った幾つもの叫び声に、もとへ引き戻された。
「うまいうまい! なかなか上手だ!」
「ネ、これなら……ホラそっくりだろう!」
「帰ってくると、また火の玉のようになって怒るぜ!」
「かまうもんかい! そうすると、見ろそっくりこのままの面になるからハハハハハ」
「フフフフフフフ」
振り向くと、笑いながらかたまっている顔が、石鹸のあぶくを掻きまわしたように見える間から、今いつの間にか作られたと見える一つの滑稽な人形がのぞいている。
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