は一生懸命に自分のほんとの道を拓《ひら》くべき努力をつづけた。けれども、ときには彼の心も情けないと感じることがあるくらい、好意の枷《かせ》が体中に、ドッシリと重く重く懸っていたのである。
 浩の一族は、実際幸福に見離されたように見えた。多勢生れた同胞《きょうだい》も、皆早く死んで自分と遺ったただ一人の姉のお咲も決して楽な生活はしていない。嫁入先は、相当に名誉のあった仏師だったのだそうだが、当主――お咲の良人――恭二は見るから生存に堪えられなそうな人であった。かえって隠居の仁三郎の方が、若々しく見えるくらい衰えている。もとから貧乏なのだが、お咲が十六のとき、娘の婚期ばかり気にやんでいた母親が、自分の身分と引きくらべて何の苦情なく、嫁入らせてしまったのである。この縁を取り逃したらもう二度とはない好機らしく思われたのであった。翌年咲二が生れてこのかた、お咲の全生命は子供に向って傾注され、生活のあらゆる悩ましい思いは、子供に対する愛情でそのときどきに焼却せられながら、どうやら今日まで過ぎて来たのである。派手な、明るい世間から見れば、ざらにある、否それより惨めな家に、相当に調《ととの》った容貌を
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