り過ぎたと云いたいような心持が強く起った。が、そうするだけの勇気が、彼にはなかった。
「可哀そうなお父さん! ほんとに可哀そうなお父さん! あなたの心持は分っています。よく! けれども、あなたの思っていらっしゃる偉い人には、私はならないでしょう!」
大きい音を立てながら、馳け去る電車のかげを追いながら浩はつぶやいた。
居眠っているような姿で、思い沈んだまま孝之進は小石川のはてまで、運ばれて行った。停留場のすぐ傍から、家までの道路は、瓦斯《ガス》だか、水道だかの工事で、そこここ掘返されていた。低く、暗く灯っているランプの明りなどでは、視力の弱っている孝之進に、平らな地面と、泥や砂利などのゴタゴタ盛上っているところとの見境いが、はっきり解ろうはずがない。まして、心が疲れ、望みを失ったようになっている今、その混雑した路を、巧く通り抜けることは、非常に困難なことである。孝之進は、ちょうど盲人の通りに、上半身を心持後へそらせ、杖がわりに持っている洋傘《こうもり》で、前方を探り探りたどって行った。ところへ後から追いついた一台の自転車が、彼に突かかりそうに近よってから、耳元で威すように激しくベル
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