纏りなくせわしい日を送った。M家の金のこともあるので、出来るだけ早く帰国したいと心は焦りながら、今夜浩の世話になっているK商店を訪ねて、おそくも明日の夜行で立ちたいと、彼が決心したのは、予定より五日も後れていた。
 平常、高瀬などでも浩のことは賞めこそすれ、悪いなどとは爪の先ほども云ったことがないので、孝之進は心ひそかにKの取締りからも、同様な賞讃を期待して出かけて行った。応接間に通されて、取締りが面会した。
「浩さんもなかなかよく尽していてくれるので、私共もめっけものだと思って喜んでおります」
 最初は、普通、若い者にきっと与えられる通りの賞め言葉が続いた。「正直だとか、品行が正しいとか云うのは、俺の子なら、何も驚くことではない」と孝之進は思った。一体彼は、昔から家老という代々の家柄は、たとい自分の代でその職にはつかなくなったとしてもどこか平《ひら》の士とは違ったところがなければならないと思っていた。が、貧乏なときでも、病気のときでも、それは別に奇蹟を現わすほどの力もないらしく見えたまま今日まで過ぎて来たのだ。けれども、浩を賞めぬ者のないということ。「それそこだ! そこが争われぬもの
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