えた者のあるのを感じた。が無意識で拳骨を振りまわした。何か柔かいものがぶつかったような気がした。
彼は無我夢中で明るい通りに出るまで馳けた。そして、明るい街燈が両側を照らす道を、安心して、のびやかに歩いているたくさんの人を見たとき、浩はいたたまれないような恥かしさに迫られた。
店へ帰ってからも、浩は落着けなかった。床に入って、目を瞑ると、彼は庸之助が悪魔のような形相をして自分に向って来るような幻を見た。友情も何も踏みにじってしまうほど庸之助が憎く、また恐ろしかった。
「世の中だ。試みられた」と彼は心のうちでつぶやいた。
「あんなに試みられなければならない自分か?」
浩の目前《めさき》には、高瀬の一部屋の様子がフト現われた。平和な部屋、花、額、たくさんの笑顔、軽い足音。皆が嬉しそうに喋り、微笑みいつくしみ合っている……。浩は、堪らなく情ないような、悲しいような感情に苦しめられた。訳の分らない憂鬱が、心の隅から隅まで拡がって来た。浩は夜着をかぶったなかで、オイオイと子供のように声をあげて泣いた。
十
限られた日数と金の続く間に、あれもこれもと、孝之進は毎日毎日、
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