ると、少しも歩調を緩めないで歩いていた庸之助は、とある一軒の長屋のような小家の前に、ピッタリ足を止めた。暗いなかに、垂れたような軒の下には、建附の悪そうなぼろ格子が半分ほど隙《す》いて見える。
庸之助は、格子に手をかけて、ガタピシいわせると、その物音で、障子をあけて中から出て来たのは、年頃ははっきり分らないが、何にしろ二十代の女であった。きっと赤坊を裸身で抱いた、みすぼらしい宿の女房でも出るだろうと予想していた浩は、つい「オヤオヤ」と思った。ぞんざいな髪形をして、荒い着物の上に細い紐のようなものを巻いている。変だなあと思っていると、女は「オヤ、今晩は。えらいお見かぎりだったねえ……」と云って、「まあお上りなさいよ」と庸之助の肩を叩いた。この瞬間、浩はハッと或ることを思いついた。庸之助に対して、彼は蒸返るような憎しみを感じると同時に、また一方強い好奇心が動かされた。彼はちょっと庸之助の方を見た。そしてその平気な顔を見ると、屈辱と憤怒と羞恥が一塊まりになって、彼の胸のうちで爆発した。浩は、「僕は帰る」と叫ぶや否や、一目散に勝手を知らない道をかけ出した。一歩足を出したとき、彼は自分の手を捉
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