ってくれれば、互に借りるとか貸すとかいう心持なしで、相当な費用を出してあげられるというのであった。その金額は大きかったが、現在のM家の経済状態では何でもないことであった。成功する望みが、孝之進の目にさえ明かなものであった。
八
それから間のない或る日のことである。
商品の新荷が到着したばかりのK商店は大混雑をしていた。裏の空地で多勢の人足が荷を動かす掛声、地響、荷車の軋《きし》り。倉庫へ運び込む一|騒動《さわぎ》、帳簿との引合せなどで、店員は大抵表や裏に出払っている。好奇心に馳られて、太い長いボールトで押しつぶされそうになるのも知らないで、覗いているたくさんの子供や子守を追いはらうだけでさえ一役であったのだ。
浩は平常の通り自分の机の前に腰かけて、帳簿を整理していた。外界から来る雑駁《ざっぱく》な刺戟と、内心のかなりに纏《まと》まっている落着きが、皮膚の表面で混乱しているような心持になりながら、彼は指の先を汚して――浩はペン軸のごくの下部を握るので人指し指の先と中指の第一の関節をめちゃめちゃに汚す癖を持っている――せっせと数字を書き込んでいると、突然大きな音を
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