けれどもすぐその晩、浩は、お咲の手にそっくり渡して来てしまった。
その次にお咲や孝之進などに会ったとき、浩は足の裏がムズムズするような気がした。「あの自分にとっては、忘れ難い十円を皆のために手離したのだ。よかった。けれども……?」彼は誰か何かそれに就いて云い出しはすまいかと思った。そして、心のどこかで待っていた。が、帰るまで終に一言も、それが云い出されなかったときには、安心したような物足りないような心持が、一杯になっていたのであった。
浩の十円は、役には立ったに違いないが、孝之進の苦労を軽めることはもちろん出来ない。彼は窮した。そして終に高瀬という、先代からの知己で、浩の身の上も心配していてくれる家に、月十円ずつの出費を頼みに出かけた。
主人夫婦は非常に同情した。丁寧に相談に乗って、
「どうにかしてはあげたいが、何にしろ月十円ずつ、限りなくということは、なかなか難かしいことだから」という言葉が繰返された結果、或る一つの案が出された。それは、孝之進のいる村の、Mという物持ちの先代が、企業の資本としていくばくかの金を、高瀬から借用したままになっているから、それを返済させるように骨を折
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