べてのときかなり、さっぱりしていた。が、年を取り、衰えきったような父親が、苦しそうな思案に暮れているのを見ると、また、姉が啜泣きながら、「こんなに辛い思いをかけたり、自分でもするくらいなら、私ちょっとも癒りたくなんぞなかったわ」と云っているのを見ると、浩の心は乱された。どうにかしたいと思った。店で、帳簿に何万何千という金額を幾通りも幾通りも記入していると、浩には余り多過ぎて、平常ああやって通用している金なのだとは思えないような気がした。
苦しい思いで埋まったような毎日を送りながら、浩はフト思いついて、万朝に短篇の小説を投書した。腕試しということもあるが、賞金を一層彼は望んでいたのである。けれども、結果は反対になってしまった。掲載され、金を送られてみると、彼にとっては、待ちに待っていた十円よりも、掲載されたということの方が倍も倍も嬉しかった。彼は興奮した。以前から、単に趣味というよりは、もっと喰差さった愛情、畏敬を持って文学に接していた彼は、このことで彼の境遇としてはかなり大きな励ましを得たのであった。
十円。持った瞬間彼の頭のうちには、買いたい本がずらりと並んでおいでおいでをした。
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