って帰って来た。一歩、部屋の中にふみ込んだとき、浩は自分を迎えた数多《あまた》の顔に、一種の動揺が表われているのを直覚した。ざわめいた、落着きのない空気が彼の周囲を取り囲んだ。浩は、何か求めるように部屋中を見まわして、「どうかしたのかい?」と云おうとした刹那、その機先を制して、興奮した声で奥の方から、
「庸さんが帰っちゃったよ。親父が、牢屋へぶちこまれたんだとさ!」
と叫んだ者がある。訳の分らない笑い声が起った。そして誰も誰もが、変幅対の相棒を失った彼――何ぞといっては庸之助の味方になっていた彼――が、どんなにびっくりもし、失望もすることかというような、好奇心に満ちた目をそばだてた。けれども、皆は少しがっかりした。彼等の期待していた通りに場面は展開されなかったのである。浩は庸之助のことなどに無関心であるかと思うほど、平然としていた。「そんなことが、なんだい?」と云っているように見える。少なくとも、若い者達の予期を全然裏切った態度に見えた。が、彼の衷心はまるで反対であった。複雑な感動で極度に緊張した彼の頭は、悲哀とか、驚愕とか、箇々別々に感情を切りはなして意識する余裕を持たなかった。心の
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