ある。
「情けないが事実に違いないと思ったのに……。そうだったのか! ほんとうに何よりだ。嬉しいだろう? 君! 結構なことだったなあ!」
 庸之助は、翌日から浩の目には、いじらしく見えるほど、元気よく、一生懸命にすべてのことにつとめた。店の仕事はもちろん、自習している数学や英語にでも、今までの倍ほどの努力を惜しまない。そして、わざわざ浩を捕えては、「あのとき、君は分らないって云ったねえ」と、そのつど新しい喜びに打たれるらしい声で繰返しては、愉快げに笑った。
 けれども、事件はまるで反対の方に進行していたのであった。有力な弁護があったりして、一旦帰宅を許されていた好親は、ちょうど好い工合にそのとき、息子からの手紙を受取り、返事を遣《や》った。が、それが東京へ着いたか着かぬに、彼の最も信用していた男が、予審でうっかり一言、口を滑らしたがために、好親の運命は、最も悪い方に定まってしまった。予審、公判、宣告、すべては順序よくサッサと運ばれ、彼は二年の苦役を課されたのである。
 庸之助の「信頼すべき父親」の一生に、最後の打撃が与えられた日の翌日は、祭日であった。
 浩は朝早く店を出て、十時過にな
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