見ていた孝之進は、さほど失望も感じなかった。
「そうかな? 頼んだ人は(彼はちょっとためらった)真物に違いないと云っておったんだが……」
「ハハハハ。そりゃあどうも……。こう申しちゃ何でございますが、贋物《にせもの》にしてもずいぶんひどい方で。へへへへ」
それから主人は、孝之進がうんざりするほど、贋だという証拠を並べたてた。
「が、せっかくでございますから、十円で宜しきゃ頂いときましょう。それもまあ、狙仙だからのことで……」
孝之進は、主人が列挙したような欠点――例えば、子猿の爪の先を狙仙はこう書かなかったとか、眼玉がどっちによりすぎているとかいう――を、一つ一つ真偽の区別をつけるほど、鑑賞眼に発達していない。(若し主人のいうことが事実としたら)それに、また持って歩いて、どうするという気になれないほど、体も疲れている。「一層《いっそ》売……」けれども、考えてみればかりにも家老の家柄で、代々遺して来たものに、偽物のあることは、まあ無い方が確かだろうとも思われる。うっかり口車になど乗せられて堪るものかと感じた。で、彼は売るのをやめて、帰ろうとまで思ったが、差し迫っては十円あってもよほど
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