ぐ……。自転車が蹴立てて通る塵埃《じんあい》を透して、都会の太陽が、赤味を帯びて照っている。
正午《ひる》少し過ぎの、まぶしい町を孝之進は臆病に歩いて行った。何も彼も賑やかすぎ、激しすぎた。目が不自由なため、絶えず危険の予感に襲われている彼は、往来を何かが唸って駆け抜けると、どんなに隅の方へよっていても、のめって轢《ひ》かれそうな不安を感じた。縋《すが》る者もない彼は、脇に抱えた縞木綿の風呂敷包みをしっかりと持って、探り足で歩いた。国から持ってきた「狙仙」の軸を金に代えようとして行くのである。鈍い足取りで動く彼の姿は、トットッ、トットッと流れて行く川面に、ただ一つ漂っている空俵のように見えた。
「これはどんなものだろうな?」
孝之進は、自分で包から出した「狙仙」を、番頭と並んで坐っている主人に見せた。
「さあ、どれちょっと拝見を……」
利にさとい主人は、絵を見る振りをして、孝之進の服装《みなり》その他に、鋭い目を投げた。そして何の興味も引かれないらしい、冷かな表情を浮べながら、
「真物《ほんもの》じゃあございませんねえ……」
と云った。列《なら》べてある僅かの骨董などを、ぼんやり
前へ
次へ
全158ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング