、
「あ……私は助かった、ほんとに助かった※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
という感じが、気の遠くなるような薫香をもって、痛いほど強く彼女の心をうった。
「ほんとに私は助かった。こうやって生きていられる!」思わず嬉し涙がこぼれた。魂の隅から隅まで、美しい愛情で輝き渡って。誰にでもよくしてあげなければすまない心持になり、彼女は歓喜の頂点で、啜泣いたのである。
この不意な、彼女自身も思いがけないとき、目の眩むほどの勢で起ってくる感激は、珍らしいことではなかった。食事の箸を取ろうとした瞬間に、二本の箸を持っている手の力が抜けるほど、心を動かされたこともある。軟かい飯粒を、一粒一粒つまみあげて、静かに味わって喜ぶほど、彼女のうちにはこまやかな、芳醇《ほうじゅん》な情緒が漲《みなぎ》っていたのである。
「私ほんとうに今まで浩さんに、済まないことばっかりしてきたわねえ。どうぞ悪く思わないで頂戴」
二人は向い合っていた。
「なぜです? そんなことあ何んでもないじゃあありませんか、お互っこだもの……」
「そりゃああなたはそう思っていてくれるけれど……でも何だわね、あなたが親切にしてくれるほど、私
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