は親切じゃあなかったのは、ほんとうよ」
口を開《あ》こうとする浩を遮《さえぎ》って、お咲はつづけた。
「姉なんだから、そのくらいしてもらうのは当り前だと思っていたんだけれど、この頃は何だか今まで、皆にすまないことばかりしていたような気がしてたまらないのよ。ずいぶん怨んだり――そりゃあまさか口には出さなくってもね――したことだってあるのを、皆がこうやって私一人のために尽してくれるのを思うと……(涙がとめどなく落ちて、言葉を押し殺してしまった)ほんとに有難いの。私が悪かったことを勘弁して欲しいのよ浩さん、私もできるだけ親切にするわこれから……。貧乏すると心が悪い方へばかり行くわねえ」
浩は大変嬉しかった。姉と一緒に涙をこぼしながら、一言、一言を心の底から聞きしめた。独りで堪えなければならない苦痛で、堅たくなったような胸を、やさしく慰撫されるのを感じた。彼が折々夢想する通り、身も心も捧げ尽してしまいたいほど、尊い立派な心を所有する女性のようにも思われる。彼の年がもっているいろいろな感情が燃え立って、どんな苦労も厭わないというほどの感激が、努力するに一層勇ましく彼を励ましたのであった。
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