ら離れることは、ほとんど出来ないようになった孝之進は、急に七十を越したように見える。すべての精神活動が鈍って、ただまじまじと一日中を送っている彼の仕事といえば、折々、枕の下に隠して置く浩からの手紙――もちろん時には、拡げたまま、布団の上に忘れて置くこともあるが――を偸み読みすることと、大きな大きな鼾《いびき》をかいて、眠ることとであった。眠っている間に見た夢と、現在の事実とが混同して、目が覚めたばかりには、妙に調和のとれない心持になどなった。
 M家の金のことなどは、もう思い出しても見なかった。考えて、気を揉んでも、体の自由は利かず、どうせなるようにほかならぬという心持もした。何もかも気がなくなった。自分の命に対しても、彼は愛情も憎しみも感じないようになってしまったのである。
 今も孝之進は、人気のないのを幸、例の通り手紙をとり出した。そして、昨日読まなかった分から、一通とり出した。それは浩が、おらくあてに書きながら、孝之進にもよめるように、いつもの大きな字で、父親の体を案じていること、自分の力の弱いことを気の毒に思うことを述べたものであった。一字、一字に浩の衷心から湧き出した優しい慰
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