助は一散に馳けた。
それから彼が、鯡場《にしんば》の人足となるまでのことなどはもちろん、浩はこの騒ぎさえも知らなかった。
苗字もなく、生きているのさえうんざりした者達の集っている、暗い罪悪にまみれている世界では、そのようなことは何でもない。三面記事にさえ、載せきれない「彼等のいがみ合い」の一つとして、世の中の上澄みは、相変らず、手綺麗に上品に、僅かの動揺さえも感じずに、すべてが、しっくり落付いていたのである。
十八
それから暫く立っての或る日、浩は父親が卒倒したという知らせを受けた。
後から後からと押しよせて来る不幸な出来ごと――自分の若さと健康、希望を持って励んでいる者にさえ、堪えがたく思わせるほどの悲しい事件――がどのくらい父親の老いた、疲れきってすぐ欠けそうにもろくなった心に打撃を与えたかということは、思いやるに十分であった。めきめきと衰えて行くらしい様子を考えると、全くゾッとした。今若し彼に万一のことがあったら一家はどうなるか? 自分の腕で老母とお咲親子を扶養して行かれないのは、こわいほど明白なことである。それかといって、どこに、何といって縋《すが
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