たせてよこした。一月に一度か二度は、きっと学校に呼ばれて、お咲は、人並みでない咲二について、親の身になれば情ない、いろいろの小言を聞かなければならなかったのである。

 四月の第一日。R小学校の運動場には、新入学の児童が多勢、立ったり歩いたりしていた。最後に教室から出されて、小砂利を敷きつめた広場の一隅に並ばされた一群の中には、紺がすりの着物を着た咲二が混っていた。付き添ってきた母親達の傍に二列に立ちどまらせると、「皆さん! 右と左を知っていますか? お箸を持つのはどっちでしょう?」と先生が笑いながら訊ねた。
「先生僕知ってます!」
「僕も!」
「僕も知ってます※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
 元気な声が、蜂の巣を掻き立てたように叫んだ。咲二も何時の間にか知っていた。お咲は有難かった。
「それじゃあ、今先生が右向けえ右! と云いますから、そうしたら皆さん右を向いて御覧なさい。さあよしか、右向けえ、右!」
 子供達は機械のように、体中で右向けをした。たくさんの足の下で、崩れる小石のザクザクという音、楽しげな笑声が、明るい四月の太陽の下で躍《おど》った。
 けれども! 咲二だけは動かな
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