て行くのを、止めたとてとても力が足りない。ただ涙をこぼしたり思い悩んだりするほかしようのない自分等が、浩には辛かった。激しい波浪と闘いながら、辛うじてつかまり合っているような自分達のうちから、また一人|攫《さら》われて行くということを、考えてさえゾッとしずにはおられなかった。自分と年のあまり違わないただ一人の姉、女性という、同情の上に憧憬的な敬慕を加えて感じている者の上に、死を予想するのは堪らない。彼は死なせたくなかった。ほんとうに生きていて欲しかった。出来るだけ姉に力をつけながら、浩はつくづく自分がふがいないというように感じたりしたのである。
 家の中を歩くのさえ大儀になってからはお咲も、もう死ぬときがきたと感じた。
「死ななけりゃあならないんだろうか?」
 お咲は、誰にともなく訊ねた。
「私が死ぬ? 今?」
 動けなくなる前に、せめて咲二の平常着《ふだんぎ》だけでも、まとめたいと、お咲は妙にがらん洞になったような心持を感じながら、鍵裂きを繕ったり、腰上げをなおしたりした。学校へも一度は是非行って、よくお願いもしておきたいと思っていると、或る日、先生の方から咲二に、呼び出しの手紙を持
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