い。
 お咲は目の前で、青い空と光る地面とが、ごちゃ混ぜになったような気がした。頭がひとりでに下った。
 振返って、この様子を見た先生は、意外な顔をして訊ねた。
「なぜ右を向かないの?」
「僕右向きたくない!」
 母親達の中から、囁《ささや》きが小波のように起った。「面白いお子さんですこと」と云う一つの声が、咎《とが》めるようにお咲の耳を撃った。
 先生は体をこごめて何か云った。そして、「好い子だからね」と云いながら、頭を撫でて、両手で右を向かせた。先生の顔には、始終微笑が漂っていた。手やわらかであった。が、屈んでいた体を持ち上げた彼の眼――詰問するように母親達の群へ投げた眼差し――を見た瞬間、お咲は直覚的に或ることを感じた。
「もう憎まれてしまった!」
「あれが始まりだったのだ」とお咲は思い廻らした。
「何もお前ばかり悪いんじゃあないわねえ」いない咲二を慰めるようにつぶやいた彼女は涙を拭いた。
 翌日は大変暑かった。が押してお咲は出かけた。毎度の苦情――注意が散漫だとか、従順でないとかいうこと――が、並べられた。そして注意しろと幾度も幾度も繰返された。
 妙に念を入れた、複雑な表情を
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