い重い、弱々しい声が洩れた。咲二を縁で遊ばせていたおらくは、悲しそうに頭を振って数珠を揉んだ。
 東京へ返事を遣るに就いても、彼はずいぶん頭を悩ました。浩へ手紙を出すにはこの上好い機会はない。ついいそがしいのにとりまぎれたようにしてやれば……。孝之進は散々、迷いぬいた末とうとう最初の思いつきを決行した。きわめて何でもない心持でいるつもりでありながら、「浩殿」と書くときに、妙な感じが心に起った。筆が思うように動かないで、やや画の不明な幾行もの字の終りに、「浩」というのばかり丁寧に念を入れて書かれたように見えていた。

 秋もだんだん末になって来た。肌寒い或る晩、机に向っている浩の目には、ちょうど窓前の空地にたった一本ある桜の若木が眺められた。青く動かない空の前に、黒く浮いている葉が、折々風の渡る毎に、微かな音をカサカサと立て、今散ろうとする小さい朽葉が、名残を惜しむように、クルクル、クルクルと細い葉柄一本に支えた体中で、舞っているのなどが見えた。
 鉛筆を握ったまま、ぼんやりと葉の運動を見ていた浩は、そのときフト、頭の傍の電燈の方から、何か小さいものが、ちょうど塵のように落ちて来たのを見
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