る汽笛の音に聞き惚れていた。
 浩は、ただ一度、小石川からまた聞きに姉の様子を聞いたぎりなので、心もとなく思っていただけで、咲二が壁土を食べる癖などを知ろうはずはなかった。父親の工合もあまりよくないところへ、お咲親子が行ったので、おらくが、どのくらい家計の遣りくりに心をなやましているかが思いやられた。小石川へ行って僅かでも、お咲親子がこちらにいれば当然かかるべき費用の幾分かを、国許へ送ってもらおうかとも思ったが、それも云い出しかねて、彼は血の出るような倹約を始めた。出来るだけ水を浴びて、湯に行かないこと。本や紙をほとんど絶対に買わないこと。ときどきはほんとうに涙をこぼしながら、彼はせいぜい切りつめた生活をした。それでも、一月の末に現われて来るものは、ごくごく僅かであった。息子から来る、三円六拾三銭などという為替を見て、孝之進始めお咲まで口が利けないような、心持にうたれることもあった。孝之進はもう憎いどころではなかった。心のうちでは有難いとも、忝《かたじ》けない可愛いとも思ったが、一旦「勘当した」と明言したことに対して、彼は自分の方から一本の手紙も出すことは出来ない。遣りたくて、むずむず
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