知るものはなかった。が、ともかくお咲が見つけたのだけでも、今度で四度目である。一番最初には、茶の間の隅で、何だかしきりに食べている彼の口のまわりが、泥だらけになっているのから、気のつき出したことであった。
 何だか並みでないところのある息子を、どうぞ一人前に成人出来るようにと、全力を尽しているお咲は、どんなに情けないか分らなかった。恥かしくって人にも聞かされない。行燈《あんどん》の油をなめるものがあったという話を思い出すと、たまらなかったのである。
「何という情けないことだろうねえ。咲ちゃん! お前はどうして母さんが、こんなにいけないと云うのに聞き分けないの?(お咲は急に声をひそめて、彼の耳の辺でささやいた。)壁を食べるなんていうのは、お乞食《こも》だってしませんよ。どうぞ止めて頂戴、ね? 母さんこうやってたのむわ」お咲は泣きながら、咲二の前に跪《ひざま》ずいて、両手を合わせた。けれども彼はけろんとしていた。お咲は突っかかって来る悲しみを、押えきれないで、塵《ごみ》くさい咲二の足につかまって泣き伏してしまった。それでも咲二は、涙を浮べさえしない。ただぼんやりと、近くの停車場から聞えて来
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