りかた喋りかたで、時々柱時計の方を見上げては、下唇をなめている。昔この唇は荒れていて白かった。今は紅がぬられている。そういうちがいこそあっても、乙女が我知らず唇をなめるときには、きっと何か気がかりなことがその小さい薄い胸にかくされている、その癖にちがいはないのである。ひろ子は、それに気付くと半分ふざける親しさで、
「何思案をしているの」
と笑った。
「時間が心配? それなら用事かたづけてしまおう、ね」
 乙女が勤めを大切に思うことを、ひろ子は寧ろ好感でうけた。
「友子さんのハガキのことね、どう思う?」
 乙女は一層はげしく上唇、下唇となめたが、大きい二重瞼の二つの眼をひろ子の顔の上へ据えるようにして、
「そりゃ、一緒に暮して行ければあたいもいいと思う」
 棒をのんだような緊張で一気に答えた。
「けんどね」
「うん」
 下唇を、猶一度ゆっくりとなめて、乙女はその先を云い出した。
「もし一緒に住めないようなことになったとき」
 そういう心配は、ひろ子にもすぐうなずけた。これまでの生活のなかでは幾度か、他動的にひろ子の家庭はこわれた。
「またあたい一人になって、こまっちゃわないだろか」
「あ
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