つづいた。ひろ子は、不如意な家持ちの暮しぶりは同じことながら今はそこへ腰をすえた気分で、二階の手すりに近く深々と桐の青葉のひろがる濃さや、見下す隣家の竹垣のわきで紫陽花《あじさい》が青貝のような花片を燦めかせはじめたのを、眺めた。
その日も朝から晴れわたって、真夏そっくり雲のかげ一つない青空からかんかんと照りつけている午後、重吉のところから嵩《かさ》ばったハトロン紙の小包がとどいた。ひろ子は、それと一緒に投げこまれた詩の薄い同人雑誌もかかえこんで物干しへ出た。小包は冬の間つかわれていた毛布であった。二本の竹竿にかけわたして、それを溢れる日光と大気の中にさらしてから、カンバス椅子を簾のかげにひっぱって行って、ひろ子はそこで雑誌をあけた。特別のこともなく頁を繰っていたが、なかほどのところで彼女の眼は一枚のカットに吸いよせられ、それと同時に暗い、はげしい色が顔をつつんだ。カットの裸体の女の像は、特徴のある弓形の眉も大きい眼も黒子があってすこし尖ったような上唇の表情も、まがうところのない乙女であった。粗い墨の線で、まるはだかの瘠せてとがった乙女の両方の肩つきが描かれている。何とそれは見まがう
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