ことの出来ないあの乙女の肩だろう。乙女ははだかで、真正面むいて、骨ばった片膝を立てて坐り、両腕はそのままだらりと垂れ、二つの眉をつり上げて、今にも唇をなめたいところをやっとこらえていると云いたげな表情である。このような乙女を描いているのは、乙女の良人であった勉が生きていた頃から、知人ではあったがその芸術上の態度では決して一致していなかった画家、むしろそのデカダンスを勉は軽蔑していた、その画家である。頽《くず》れた荒い線で、ここに一人の瘠せて小さいまるむき女性が乱暴に描かれて居り、二つの眼のこりかたまった大さと、腕のつけねや腹の下のくまがそれぞれ体に不似合な猛然さで誇張されている、それがほかならぬ乙女であるというのは何たることだろう。はだかの妻を描いた勉の絵というのをひろ子は一枚も見たことがなかった。乙女はやとわれて着物をぬぐ稼業ではなかった。この素描は、乙女とその画家との最もあらわな絵なのであった。いつかの乙女の態度も思い合わされる。
 ひろ子は、渋いきしむような涙が胸のなかをおちる心持で、猶もじっとその絵を眺めた。この絵の中でも乙女はやっぱり昔どおり嬌態をつくることを知らず自分の肉体
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