いう云いかたは、変だと思う。じゃあ普通の女ってどういうのさ。御亭主にやしなって貰って、御亭主立身させて、金ためたいと思っている、そういうのが普通の女と云えば、自分でたべて行かなけりゃならない乙女さんの立場だって、決して普通の女じゃないわけだもの。そうでしょう?」
 乙女はこっくりした。そして、黙って当惑げに唇をなめた。その様子には、そう云ってことわっておいでよ、とだけ云われて出て来た乙女の、この場になっての云いがたい当惑と不安とが語られているのであった。
 ややあって、ひろ子は、
「もういい、いい」
と苦しさも思いすてようという風に云って、時計を見上げた。
「時間いいかしら。わざわざ呼び立てたようになって御免なさいね」
 そして、乙女が派手ではあるが乾いた花のように少し埃をかぶった姿をかがめて、
「じゃ、御免なさい」
と格子に手をかけそれをしめて一二歩あるき出したとき、それまではついむっつりと黙って立っていたひろ子が急に乙女のかげの細さにうたれたような声で、うしろから、
「何か用があったらいつでも来なさいね」
とよびかけた。
 その年の六月は雨がすくなくて、梅雨に入ってからも晴れた日が
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