る男の声のなごりを、ひろ子は、まざまざとそこに感じた。
 しかし、乙女は正直ものの頑固さであくまで自分に作用している男の考えのあることはうしろにおいて、自分一個として強いても胸を立ててひろ子に対し、ものをも云う態度になっている。乙女ひとりの芸ではない計画されたものがそこにもある。
 一生懸命な乙女の小さい顔、人中《じんちゅう》のところに一つ黒子《ほくろ》のある上唇が生毛を微《かすか》に汗ばませてふるえているのを見ると、ひろ子は乙女が可哀想になった。これまでのよしみでひろ子たちへ深く結ばれている心持、けれども一方では男の言葉にひかれずにいられない女の心のありようが、ひろ子にみえないと思うのだろうか、分っていても、分らないことにして押しとおさなければならないようなものがあるというのだろうか。そういう影響のしかたが、何か男の側のまともでなさと感じられてひろ子は、暗い気がした。やがてひろ子はそのことには触れず、
「じゃあね。野兎さん、この話はおやめにしましょうね」
と悲しげに云った。
「でも一緒に住むとか住まないとかは別として、今あなたの云ったことね、普通の女だとかそうでないとかいうこと、ああ
前へ 次へ
全18ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング