。
「ぶこちゃんは、要するに、わたしを方便につかうのさ」
その頃牛込に住んでいた素子は、下町風の家の二階で、そういった。
「そうかしら……わたしはそう思わないけれども――」
「思わなくったってそうなるさ。佃氏とはなれるのに、今のところわたしがいるのさ。よくわかってる。だから、一時の方便は、ごめんだっていうのさ」
「――わたしが、また誰かと結婚したいと思ってなんかいなくても?」
「――ぶこちゃんには、わたしの心もちなんかわからないんだ。わかりっこありゃしない」
素子が、わからない、わからない、ということは、かえって伸子にそれがわからなければならないような感情をもたせた。
素子と暮す話をきめてから、伸子は、二三日佃のところへ戻った。逃げたようなままで離別することは、伸子に心苦しかった。佃に会って、別れる結末をつけて、そして新しく素子と生活しはじめようと思った。けれども佃のところへ行ったら、伸子は又ほだされた。涙を流して生活のやり直しをしようとすすめる佃を拒絶しかねた。佃は、気をかえるためにと、それまで住んでいた家の、前のせまい通りをへだてた向い側の新しい二階家に引越しかけていた。伸子
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