て、伸子は鴨居にはられている細長い紙に目をひかれた。鴨居の幅きっちりに切った白い紙にフランス風の線の細い書体をのばして Meditation と書かれている。伸子は、はっきりしないおどろきに心の全面をうたれて、その一つ一つの綴りを辿った。メディテーション。――瞑想――。こういう字が、保の部屋の入口にはられている。保が自分で書いてはって、その内にこもって勉強している。どういう意味なのだろう。不自然なこだわるもののある感じがした。高校の学生たちの生活、ものの考えかた、そして仲間同士の暮しかた。それは、保の貼紙の気分とはちがったものに想像されていた。活気と若々しい野望と意慾とがむら立って想像されていた。京大で社会科学研究会の学生が三十余名検挙されたりしている頃であった。伸子はそういう事件の意味はわからなかった、伸子の生活からも文学からもはなれたところにおこっていて、その意味のわからなさと激しさとで、伸子をいくらかおじさせていることなのであった。保の生活がそういう学生の動きとはちがっている。伸子はそれにたいして批評をもたなかった。けれども貼紙の文字は伸子の本性に抵抗を感じさせ気にかかるのであっ
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