と思えた。
 温室の経営をして、花をあきなって、ロシア文学の翻訳をする男の一人暮しというのも、やっぱり一つの竹村の好みというものではなかろうか。
 建物の外に、ポンプがあって、そこからは畑の起伏と遠い森とが見晴らせた。温室のガラスを焔のようにもえたたせている西日は、溶けたような空の前に遠い森を黒く浮き立たせている。
「なに、ぼんやりしているのさ」
 素子が出て来た。
「すこし歩かせすぎたかな。――じき茶が出るから、こっちで休んで下さい」
 伸子は、六畳のあがりがまちへ腰かけて、土間で働いている竹村を見ていた。
「いずれにしても、一人じゃ、あんまり風雅すぎるでしょう」
 素子が笑いながら竹村にいった。
「なかなかいいところがあるもんだよ、こういう生活も……」
「――もっとも、あんたのその手じゃ、ちょいと細君になりてもないだろうけど」
 土いじりをし、万端の荒仕事をする竹村は火箸をもっている自分の手をちらりと見おろして、
「ふん」
といった。
「手がどうのこうのっていうような女と、誰が結婚なんかしてやるもんか」
 そして、彼のななめうしろに足をぶらぶらさせていた伸子をふりかえった。
「ねえ
前へ 次へ
全402ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング