伸子は、黙っていたが、ふっていた足を一瞬止めた。それはそうだけれど――ねえ、と自分をふりかえった竹村をそのままにはうけつけない感情が、伸子のどこかに動いた。
 竹村がへっついをもやし、素子が土間の七輪で鰺《あじ》のひとしお[#「ひとしお」に傍点]を焼き、伸子が笊《ざる》に入っている茶碗を並べて、むき出しの電燈の下で夕飯がはじまった。
 たべ終って、竹村がレコードを聴こうといい、伸子が、何となし気もすすまないでいるとき、急に、土間の隅で、何か生きものがさわぐような物音がした。
「何だろう、鼬《いたち》かい?」
「鳩だよ」
 土間をすかし見ながら竹村がいった。
「つがいでいたのに雌が逃げちゃって、一羽のこってるんだ。夜ときどき出して飛ばしてやると、面白いね、そこの鏡に自分が映るだろう。それを仲間だと思うんだね、きっと。何べんも何べんも鏡へくちばしをぶっつけるよ」
 古風な大きな飾鏡が、浅い床の間の柱にかかっていて、今はぼんやりとその面に電燈の光をうつしている。男が一人いる夜の部屋の中を白い鳩が翼をはためかして鏡のなかにうつる自分の姿を雌かと思って一心に近よろうとする光景を想像して、伸
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