していた。
「それゃ心がけておかないもんでもないけれど……」
 素子は、上まぶたをひきそばめるような視線になって、じっと吉川の、きちんと白衿を合わせているあたりを見た。
「あんたも、やっぱり家はいいんでしょう?」
「……生活にこまることはございませんけれど……」
「なにしろ女房子のある大の男が、これだけ失業している時代なんですからね。お金に困らないお嬢さんが、わざわざ一人分の仕事を横どりしなくたって、いいんじゃないのかな」
 伸子と入れかわって、長椅子に並んでいる蕗子と吉川とが、やっぱりね、という風に互に一寸顔を見合わせた。蕗子が、ひかえめに、
「私、なんだかそんな気もしたもんですから……」
といった。
 昭和と年号が改って間もないその頃、就職の見とおしをもって専門学校にしろ卒業出来る青年というのは幸運な例外であった。一方では、アルスだの第一書房だのという出版社が、我がちに大規模な予約出版募集をはじめていて、大型の新聞紙一頁べったりの広告が出たりしていた。出版社同士の商売喧嘩から、菊池寛、山本有三という作家が連名で、いかめしく抗議書のようなものを新聞に公表しているのなどを、伸子は小説を
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