ナというその姉のところへ、出入りするようになった。フィリッポフの万端が庶民風なのにくらべると、ワーリャと呼ばれているその人の生活は、伸子に、ロシアの首府がペテルブルグと呼ばれていた時代の知識人の空気を思いやらせた。小石川の閑静な高台のその家の客間は、やはりせまい日本座敷を洋風につかっているのであったが、電燈には絹のシェードがかけられて、ふすまぎわにどっしりした新しくない安楽椅子が置いてあった。そこは、黒ずくめの服装の堂々とした母夫人の場所で、ワーリャを訪ねて来る素子や伸子なども母夫人は家の客としてもてなし、伸子とは英語で話した。
 ワーリャ自身は画家であった。栗色の厚いやわらかい髪をおかっぱにして、眉まで前髪が切り下げられている。見事な二つの茶色の瞳だった。小柄だが、肉づきのしっかりしたワーリャの顔だちには、あたたかい深みがあった。話していて、ちっとも外国の婦人という気がしなかった。ドイツのひとを良人にして、幸福に生活していたのに死に別れたという話もきいた。ワーリャと素子とが、二階の書斎へ行って調べものをして来る間、伸子は客間に母夫人と残っていた。ロシアの音楽やオペラの話をするとき、年
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